広くて狭い世界(たきで)

今日は雨。
やらなければいけないことばかり考えて歩いていると、
周りのことを見る余裕がなくなってきていることに気づいた。
小さな頃の方が、視界が広がっていたように思える。
それってきっと小さい頃の方が、
背が低い分、足元や脇の小さなことに気づきやすかったからだろうし、
自分が小さかった分、世界が広かったのではないだろうか。
カタツムリやトカゲがいるだとか変わった草や花が生えているだとか、
そんなことに気づいては昔は目を光らせたものだった。小さかったからこそ見えたものが確かにあった。
今はといえば、気怠そうに淡々と歩いているだけだ。

あの頃は何もかもが輝いて見えた。
身体にまとわりつく空気も、
吸い込む空気も僕を受け入れてくれているような、そんな気がした。
今じゃ呼吸を続けているだけで苦しい時があるけれど、呼吸することすら疲れてしまうことがあるけれど。
あの頃は季節の変わり目の匂いに
何かの始まりを感じさせられて
胸を高鳴らせたけど、
今じゃ懐かしさと共にどこか苛立ちすら覚えてしまう。

昔、落ち込んだ時にいつも行く、自分だけの場所があった。
そこは人が使うことがない山道の途中で、そこから自分が住んでいる地域全体を見渡すことができた。
そこから友達の家、遊んだことがある場所、それからまだ自分が行ったことのない未知の場所を見渡しながら思いを巡らせていれば、自然と悲しい気持ちも和らいだ。

けれど、今あの場所に行ってみると
景色の狭さに驚かされる。
あれから大きくなって、行ったことがない、知らない場所なんてものはもはやなくなっていた。
そもそもあんなに遠くに感じていた景色
全てが近所のように思える。
世界の広さを知ったから
景色がちっぽけになってしまったんだ。
あの頃は知っている世界が狭かったから
目の前の世界が広大に見えた。
広くて狭い世界だった。

こんな繰り返しの狭い日々に閉じ込められて埋もれてなるものか。朽ちてなどなるものか。
そんな思いを息が詰まる胸の内で唱えながら部屋に戻る鈍色の雨の日だった。